あべひげレポート 〜人生の先輩に聞く20歳のころ〜 第二部

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III. 聴取内容

「面白半分」

Key Word: 居酒屋 マルセル・デュシャン イベントの主催

 五木寛之が主催した雑誌に『面白半分』というものがあった。24歳を迎え、阿部氏はおじ の経営する鉄工所を辞め、仲間に誘われるがままに何も知識のないまま居酒屋の世界に入 る。ここからまさに「面白半分」の生き方が始まったように思われる。

 依然抱いていた思いは、「アメリカ移住」。とにかくその資金を集めようと思っていた矢先 である。いっしょに居酒屋をやらないか、という誘いが舞い込んできたのだ。
「阿部さん、一緒にやんない、って言われて、ああ、いいよ、って決めて、それでこの仕 事2〜3年もやれば、金がたまるかなぁと。商売なんてものはちっとわかんなくてさぁ、言 われるがままにやってただけだぁ。」
 当時開いていた店は「七ヶ宿」という店である。カウンターとテーブル2脚の小さな店だ ったようだ。

 ふとしたことから始めた居酒屋の仕事。そこでの出来事、体験、出会いが大きな影響を与 えていく。経営の主となるメンバーは、仙台高校出身の人たちで、その中にはバスケット ボールをやっていた人をはじめ、中には、芸術に携わっていた人もいたらしい。そういう 経緯で、仙台の絵描きなどが阿部氏の勤める居酒屋にくるようになる。もともと芸術に興 味を持ていた阿部氏は、ここで現実のクリエイターとの接点を得たのだ。その中に何人か 話のあう芸術家がいたらしく、そうこうして生の声を聞くにつれこの仕事にもやりがいが 出てきたようだ。おりしも、当時の店が盛況だったらしく、月に150万ぐらいは稼いだと いうように、ある程度の実績も残した。

 「そのうち仕事が楽しくなってきて、そんで好きな女の子も増えてきて、辞めるに辞めら れなくなったわけよ。ほんで、まぁいいか、って。それが24のときだから、もう24年も やってんだな、この仕事。そうだ、俺はアメリカに生きたっかたんだよなぁ、って思いな がらも、そっちを置き去りにして、んで、まぁいいかって。 」 アメリカへの夢は置いておいて、今面白い飲み屋の仕事をとりあえずやっておくことにな った。

 「ほんとに好きだった」と強調するように、当時の阿部氏は芸術を愛好した。給料の半分 は芸術雑誌に消え、休みを取れば、仲間を集めて芸術鑑賞。時には、ワゴン車を借りて日 帰りで東京まで行くこともあったそうだ。そうこうするうちに好きな芸術家が分かってき た。その一人が、マルセル・デュシャン である。デュシャンのレディ・メイドをはじめとす る直接的な表現に、五木寛之のときに抱いた驚きと同種のものを感じたらしい。何よりも 魅力だったのは、彼の「遊び心」にあったという。代表的な作品『泉』に代表されるよう に、既成の便器にサインをして作品にするという挑戦的な姿勢が、阿部氏にとっては何よ りもわくわくする遊び心であったようだ。当時やはり日帰りで軽井沢までデュシャンの作 品を観に行き、一部の作品を思い出せなかったため、もう一回観に行ったというエピソー ドを話してくれた。

 現在も南斗六星という、舞台公演の主催をする仕事(趣味)も持っているが、その始まり もこの時期になる。事の発端は、店に出入りする人の友人で、宮城野原でつぶれそうな古 本屋をやっている女性を何とか助けるというところから始まったらしい。阿部氏を含む何 人かで、有名な作家をつれてきては公演をさせるという興行を主催した。北方謙三などを 呼び趣向を凝らした演出もしたようだ。当時としては「何の責任もないし、ただ面白いか らやっていた」ということだが、それを通じて催すことの真の楽しみを知ったのも事実で あろう。そうこうするうちに、やはり友人で舞踏をしたいという人が出てきて主催するよ うになった。それが現在の始まりのようである。公演などで得たつながりをそちらに向け たのだ。

 「最初何回かやって、これが面白いことに当たったんだなぁ。当たるからわりいんだけど、 どうせやるなら、よし、お祭りになればいいかって。儲かるからって還元できるわけじゃ ないし。ただ人がたくさんはいったってことに喜んでた。んで、それじゃ、もう一回でき そうだって。一番多いのは、俺、百何万て借金をそれで作って、嫁さんにおこられたー。」 そこから今まで30公演ほど主催している。今でこそそう多くは呼んでいないが、私が見た 限りの人のつながりを見ても、当時精力的に催したんだろうなぁ、というのが想像できる。
 今、阿部氏は芝居のことなどについて話すとき、「ライブにはライブの面白みがある」と いう。文学から始まり、絵画、オブジェを経て、身体表現へと関心を移し、ただ面白いか らというだけで主催もする。面白半分に豊かさをつかんでいる気がする。


マルセル・デュシャン(Marchel Duchamp)…1887〜1968
 20世紀前半に活躍した、アメリカ現代美術作家。既製品を選ぶことによって芸術に変革を求 める、レディ・メイトの方法を採った。
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