無題

無題
苫米地サトロ 2009/12/24/Thu/15:49 (No.1459) / 引用

  1992年秋、17時から午前2時まで入れ替わり立ち替わり延べ70名が参加した結婚祝い飲み会をしました。終始誰かが歌って弾いていて大騒ぎでしたが、その日は次女さやかさんが生まれた当日で、あべさんは帰りたかったのに、状況がわかっていなかった僕は甘えてしまい、本当に申し訳ありませんでした。後日支払いに行くと、「10年前はあんな馬鹿な宴会いっぱいあったけど、ここ10年なかった。仙台にもまだこんな馬鹿がいたなんて俺はうれしい。」と励まして下さり、自信を持ってしまいました。それが最初の僕のあべひげ宴会です。本当に何年も何回もお世話になりました。ありがとうございました。あべさん。  

苫米地サトロ 2009/12/25/Fri/08:08 (No.1468) / 引用

  先述の宴会の話は正しくは1991年の出来事でした。訂正します。あの日はご家族の皆さん本当にごめんなさい&ありがとうございました。あのあと生まれた娘2人(高1、小3)を連れて、吉田圭とともに、お別れに参ります。  

苫米地サトロ 2009/12/31/Thu/20:20 (No.1493) / 引用

  先述の宴会の夜はさやかさんはまだ生まれてなくて、1歳半の長女まどかさんが具合が悪いという夜だったとのことです。お通夜でまどかさんに確認しました。訂正します。あの宴会のときに、僕はこの人について行こうと甘えた考えを持ってしまったのですが、その時のあべさんは、今の僕より7歳も若い38歳位だったのです。お通夜で和尚さんが言った「考えるだけではダメです、実践してください。あべさんから受け取った優しさを、皆さん、次の人に与えて、つなげてください。」というメッセージが、宿題のように僕にのしかかります。もう甘えてはいられないみたいです。あべさんに聞いてもらうのではなく、聴いてあげる人にならなくてはならないのではないかしら。「お前の好きなことをやれエ!」と若い人に言ってあげる人にならなくてはならないのではないかしら。あべさんのかわりに。僕があべさんから受け取ったものを次の人に手渡さなければならないのではないかしら…。あべさんと会って19年の僕は、2009年の大晦日にこうして考えています。あべさん、ありがとうございました。  

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