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あべひげ なんでも掲示板

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何とかならないでしょうか / コメントを書く
Ise 2009/12/29/Tue/01:25 (No.1483)

  なんとか,あべひげを残すことはできないでしょうか。

ご遺族のお気持ちやご苦労もお察ししますが,ここで,あべひげを失うことは,あべさんを過去の人にするだけでなく,舞踏・美術・演劇・映画・音楽をはじめとする仙台の芸術文化の歴史とその交流の拠点を失うことになります。

あべさんは,私たちにとってかけがいのない存在なだけでなく,仙台の芸術文化を支援し,育ててくれた重要な人です。
あべさんなくしては,仙台でこんなに舞踏が根付かなかっただろうし,美術・演劇・映画・音楽の活動がそれぞれのジャンルを超えて活発になっていかなかったと思います。
あべひげは単なる居酒屋ではなく,多くの人が集い,交流を深め,時には激論し,喧嘩もしながら,様々なジャンルの人や芸術が交差する文化サロンでした。仙台の文化史の一翼を担う場だと思います。そして,あべさんを慕う多くの人が戻ってくるホームなのです。
私自身,あべさんや,あべひげに集う人々との出会いがなければ,こんなに活動を拡げることができませんでした。そして,仙台を離れていた時は,仙台に帰るとあべひげに足が向いていました。本当に安心して戻れる居場所です。
あべさんが20年かけて築いてきた“あべひげ”という貴重な空間を壊すのが忍びないだけでなく,それを散逸させるのは大きな損失です。一度散逸されたものは元には戻りません。
そして,あべさんが繋げてくれた人々との関わりを続けられる場を失いたくないです。
もちろんあの場を残していくことに対するご遺族の皆さんのお考えや多くの困難があることは承知の上ですが,何とかならないでしょうか。

まだ,私の気持ちも整理がつかず,うまく言葉にできないのですが,あべさんと,あべひげのためにできることがあるのなら動きたいと思っています。
 

あべひげ家内 / Eメール 2009/12/29/Tue/09:02 (No.1484)

  Iseさま

本当にあべひげを想っていただき、ありがとうございます。

あの空間は「あべひげ」の内面世界が具象化したような
物だと思っておりましたので、「あべひげ」以外の
どなたもあの空間を維持することはできないものと
勝手に思い込んでおり、当然、消滅させるものと考えて
おりました。

もし、われと思わん方がいらっしゃいましたら、
また今後こうすれば良いのでは…というご意見がございましたら、どうぞご指南、ご指導、ご提案いただきたく思います。
なにもわからないままで、勝手にお店を閉めるのも
心苦しくはありますので、いろいろとご提案いただけると
幸いでございます。

どうぞよろしくお願いいたします。
 

ほしかわ母 2009/12/29/Tue/11:47 (No.1485)

  Iseさん書き込みありがとうございます。
私も何とか存続をと考えているひとりです。
奥様の文章を読んで、「あべひげ」そのものがあべさんが20年かけてつくり上げた作品なのだと思いました。
同じ作品は、当然誰にもつくることはできませんが、
流派は続けることができるはずです。
そして、誰かがやってくれれば、では多分先はありません。
はじめは、有志会とか、実行委員会とか、運営委員会とかをつくって、どうしたら良いのか智恵を出し合うというのもいいと思います。
私はこの休みで、具体的に運営方法を考えて(私自身経営の才も飲食店運営の才もないと分かってはおりますが)、奥様と安藤さんにご相談しようかと思っておりました。
ただ、色々ご意見があると思いますので、賛成、反対をこの後、書き込んでいただけるとありがたいです。
私自身の中にも揺れるものがあり、なんとも複雑な気持ちでおります。
ですから、なるべく多くのご意見をお聞かせください。
お願いいたします。
 

関ステレ夫 2009/12/29/Tue/11:56 (No.1486)

  お疲れ様です。

僕は15年ぐらいあべひげさんに通ってしまった者なんですが、阿部さんが逝かれた日から、なにをしにあべひげさんに行っていたかということを考えていました。僕は阿部さんに会いにいって、話をして帰る。それが目的で、それがすべてだったように思ってました。芝居をやっている関係上、何度も打ち上げをさせてもったし、あまつさえ、あべひげで何度か自分の企画で公演もさせていただきました。そのなかでもちろん交流もあり、知り合いもでき、また広がりも生まれ…なのですが、最終的には「あべさん、どう思う?」の一言が言いたくて、店に通っていたのだなと痛感しました。あべさんに会いに通っていたお店ですから、僕にはあべひげに行く理由が見つけられないでいます。

いまでも店の前を通りかかれば、当然寄っていきたいですし、お店を眺めながら、あべさんがいなくても、あべさんと会話したい。だけど、それはなんか違うような気がしています。
 

にこたん 2009/12/29/Tue/22:26 (No.1487)

  みなさん、こんにちは。

Iseさん、書き込みありがとうございます。

わたしは奥さんの「あべひげ以外の誰もあの空間を維持することはできないもの」というのに賛成です。

阿部さんが亡くなる少し前、安藤さんと「27日に掃除と飲み会をしよう」と企画していましたが、実際のことを考えた時、「あべひげ」という空間は、阿部さんがいて阿部さんの料理があってこそ成立するのだと思いました。

わたしと阿部さんの付き合いは、ラブミー牧場の頃からで、「ラブミーの阿部さんがお店を出したらしいから言ってみよう」と、学生時代の友人たちと月1回定期的に通うようになりました。

そのうちにバイトをしていたみなさんと知り合い、ライブを聞かせてもらうようになり、音楽繋がりの仲間が増えていきました。

阿部さんが病気になって以来、その仲間たちの力を借りてチャリティライブを企画もしてきましたが、阿部さんを慕う人たちの総意をまとめるのはなかなか難しいことだと感じています。

何より維持していくためには、賃借料、光熱費等、日々のお金がかかります。

あの阿部さんでさえ、お客さんがこなくて奥で寝ている日が何日もありました。

ましてや、気分次第のお客さんたちでしたから、経営計画なんて立てようがありません。

お通夜、お葬式に集まったあれだけの人、全ての方を把握できている人はおそらくいらっしゃらないでしょう。

これはわたしの考えですし、文章もまとまっていないので、誤解を受ける表現もあるかもしれません。

ほしかわ母さんのおっしゃっている「誰かがやってくれれば」では継続は難しいとわたしも思います。

そして、わたしでは考えつきもしない方策をお持ちの方もいらっしゃるかもしれない・・・とも思うので、いろんな方のお考えを伺いたいというのも同意見です。


わたしとしては、あべひげでご縁ができた仲間たちと場所が変わっても楽しく飲む機会を作っていきたいと思っていますし、阿部さんのスピリットをこの掲示板やmixiのコミュなどを通じて、全国の阿部さんファンで受け継いでいけたらいいなと思います。
 

うっちー@元バイト / Eメール 2009/12/30/Wed/00:55 (No.1488)

  Iseさん、ほしかわ母さん、関さん、にこたんさん、、

僕のような若輩者が書くのは失礼と思いましたが、
みなさん、阿部さんと「あべひげ」に対する想いは一緒ですね。
もちろん分かってたつもりですが、あらためて皆さんの想いを読んで、僕は本当に素晴らしい人に巡り合ったのだなーと感じました。

ひろ子さん、円ちゃん、小夜花ちゃん、、
おとうちゃんてスゴイね。。
単なる馬鹿騒ぎする友達じゃなかったんだぜ。。。
悩んでる時、悲しい時もおとうちゃんに会いに行きました。
みんな おとうちゃんの言葉と存在を心の支えにしていた。
じゃなかったらこんな話しにならんぞ!!

僕はたかだか16年のお付き合いでしたが、20台30台の苦悶と歓喜、素晴らしい仲間との時間はおとうちゃんのおかげで培われたものと受け止めてます。
おとうちゃんがいなかったら?? 考えたことないな、、そだなこと

家族の話はいつも満面の笑み
「おれは かーちゃん大好きなんだー かあちゃんラブ」とか言ってたなー  何回も(笑)



悲しいのは仕方がない、、あきらめたづら

負けるな!!じぶん みんな!!
 

葬儀を終えて。 / コメントを書く
あべひげ家内 / Eメール 2009/12/26/Sat/23:59 (No.1478)

  本日あべひげの葬儀・告別式を終えさせていただきました。

師走の忙しい時期にもかかわらず、本当に沢山の皆さまにお見送りいただけて、あべひげもさぞ喜んでいると思います。
広い式場でゆっくりとお別れをしていただくことができず、心苦しい限りです。

取るものもとりあえず駆けつけてくださった皆さま、遠くからわざわざお越しいただいた皆さま、そして何より、ご自分がショックで悲しいだろうに、いろいろとご尽力いただいた皆さま、言葉では言い尽くせないほどの感謝の気持ちでいっぱいです。

本当にありがとうございました。

先程、お店の「葬儀のお知らせ」の張り紙をはがしに、久しぶりに「あべひげ」に寄ってみました。

ほんの少し、「あべひげ」のあの独特のにおいが、薄くなっていたような気がしました。

お骨になってしまっても、まだ全然実感がわきません。

明日の朝になるとまた「ただいまっ!」「円、小夜花、起きろっ!このっ!」という声が聞こえるに決まっています。
まだ正直、認めるのには、時間がかかりそうです。

日付が変わる前に感謝の言葉を。

本当に本当に ありがとうございました。
 

かわむら 2009/12/27/Sun/00:30 (No.1479)

  告別式ではあべさんのエピソードを聞かせていただきありがとうございました。
なんだか悲しんでばかりでなくいつものあべひげにいるような笑いがあって力強さがあって
なよなよしてられない、ちゃんとしなきゃ、と奮い立たされました
私もまだ時間がかかりそうです。

ありがとうございました。ありがとうございました。
 

にこたん 2009/12/27/Sun/22:57 (No.1481)

  ひろ子さん、お疲れさまでした。

今は目の前のやるべきことに追われて、実感する余裕もないのでは?

わたしは昨日参列者の一番前の席で、誰にも泣き顔を見せずに泣けたおかげか、気持ちに区切りがついたようです。

仕事に戻らねばならなかったので、ゆっくりお話ができなくて申し訳ありませんでした。

落ち着かれた頃に、アルバム持ってお話しにお伺いさせてください。

本当にありがとうございました。
 

無題 / コメントを書く
きかりんこと池野 2009/12/27/Sun/22:21 (No.1480)

  お通夜、葬儀にも参列できずに申し訳なく思っています。

春休みに娘の花菜とお邪魔したとき、受験生の花菜の進路を気遣ってくれて、ここに来たら色んな人間がいるから相談しなさい。必ず力になってくれる人がいるから…と話してくれ、花菜も何となく心強く感じて、安心した様子でした。
高校合格の知らせをおみやげにまたお邪魔したくって、花菜は一生懸命勉強していたのに… ただただ残念です。

きょうは3月にあべさんとほぼ同じ病気で亡くなった父のお墓に行って、あべさんのことをお願いしてきました。天国の住人の先輩として色々教えてあげてね と。
そして、今頃は挨拶を交わして焼酎でも飲んでいるかも。
きっとおいしいだろうなぁ。

本当にお世話になりました。でも、私も花菜ももっともっとお世話になりたかったです。
さよなら。あべさん
 

無題 / コメントを書く
kokoperie / Eメール 2009/12/26/Sat/19:18 (No.1477)

  ことばがうかばなくて
でもあべhいげ
 

無題 / コメントを書く
ゆうみ 2009/12/26/Sat/18:19 (No.1476)

  昨日お通夜に行ってあべひげさんとお別れしてきました。

本当に優しい、いい笑顔で慰められました。


あべひげさんは、私がパーソナリティをしてる表現工房というコミュニティFMの番組に、今年の4月〜秋まで月に一度づつ出演してくださっていたんです。


まだ知り合って半年くらいですが、父に似ているところがあって大好きでした。



安らかにお休みください…ありがとうございました。
 

心からご冥福お祈り申しあげます / コメントを書く
長谷川 2009/12/26/Sat/13:55 (No.1475)

  あべさん、ありがとうございました。

今の時間、あべさんを慕ってる・あべさんのことが大好きな沢山の方々に見送られながら、天国への階段を歩きはじめてるんですよね。

訃報の知らせ頂いてからの数日、あべひげでの思い出・あべひげで出会えた皆様のこと、そしてあべさんの満面な笑顔思い出すばかりです。

昨日、今日とお別れの挨拶に行けなくて、本当に心苦しく申し訳なく思ってます。今、私の友人が告別式にでており、私の分もお別れしてくれてます。

彼女とも8年前のあべひげクリスマス会で知り合い、今でも連絡をとり色々なこと話せる大切な友人です。

あべひげで過ごした時間、そこで出会えた皆様、そして何よりあべさんの笑顔忘れません。

関西の地より、あべさんのご冥福お祈り致します。
どうか、心穏やかにゆっくりとやすんでください。

あべさん、ありがとうございました・・・さようなら
 

ありがとう あべさん / コメントを書く
東京都在住  杉崎 正敬 2009/12/26/Sat/00:40 (No.1474)

  あべさんの突然の訃報に接し、言葉を失っています。先日、病院にてお話しが出来た時、少し痩せたようには感じましたが、余りにも急なことで信じられない気持ちです。
今でも目を閉じると、あべさんの例の髭面で「お前、飲め!」と言う声が聞こえてきそうです。
私とあべさんの親交は30年近く前の「ラブミー牧場」の時代に遡ります。
当時の私は東京の大学生でしたが、北海道への旅の帰りに仙台在住の女の子に連れられて行ったのが最初でした。
新幹線が無い時代で、一杯飲んでから夜行列車に乗って帰京し、そのままバイトに行ってました。
その頃は家を飛び出したり、ヒッチハイクで旅したり、かなり無茶をしていた時期でした。
一度、生き方について、ボロクソに説教されたことがあり、それを機会に、あべさんは私にとって、行き付けの店の大将というよりも、人生の師匠のような存在の人になりました。
以来、年に数回のペースで通うことが習慣化し、長い付き合いが始まりました。
一度も仙台に住んだことが無い私ですが、あべさんの店に行くことは、年末のあいさつ回りのような感じになり、就職して岡山や大阪に住んでいるときも、店が変わってからも、仙台通いは途絶えること無く続きました。
その中で、私が16年前に嫁になる女性を連れて行った時に我が事のように喜んでくれたことは忘れられません。その嫁が5年で亡くなり、報告するのがとても辛かった記憶もあります。
今の私が飲んべいの不良中年になった素地はあべさんの門下に入ったからかもしれません。
近年は仙台の町にサッカー野球のチームが誕生し、観戦に訪れてはあべさんに会いに行くようになり、通う回数が増えて、より濃密な時間になったように思います。芝居の観方も教えて貰いました。
今年は楽天が2位に躍進し、クライマックスシリーズ仙台開催があり、ベガルタもJ1復帰を果たしました。
仙台のスポーツが来年どうなるか、政権交代で誕生した新政権の行方も、あべさんには見届けて貰いたかったと思うと残念です。
ラグビーも日本でのワールドカップ開催が決まりましたが、楽しみにしていたあべさんが10年後の観客席にいないのは寂しい限りです。
とにかく、今は、ゆっくりと休んでください。
たくさんのことをありがとうございました。
あべさんは、これからも私たちの心の中で決して消えることなく、生き続けると信じています。
そして、我らがあべさん、あべひげさんよ、永遠なれ!
 
 流れ星 見送るが如き ページェント
 

こどもにもやさしかったね / コメントを書く
にこたん 2009/12/25/Fri/22:53 (No.1473)

   阿部さんは子供たちにも本当にやさしかったよね。

 最近ではじゅんせーがようやく話せるようになって「あべさーん」って呼んでた。おひげをひっぱってた。阿部さんはうれしそうに笑っていた。

 2人の写真いっぱいあるよ。

 会社の後輩たちもみんな連れてきた。

 高卒で入った後輩が、結婚して、子供を産んで、子供たちと来るようになった。

 いつも会うと「あべひげに行くの?」って聞かれた。それが盛岡の地であっても・・・。

 こどもたちもみんな阿部さんが大好きだったんだよね。

 こどもは鋭いから、愛してくれる人を感知するんだろうね。

 大きくなっても阿部さんのこと覚えていてほしいな。
 

サンタさん。 / コメントを書く
なおこ 2009/12/25/Fri/13:16 (No.1472)

  私は本当に数えるくらいしかあべひげに行ったことがなくて、白ひげしかみたことないから、あの笑顔で座って静かにみんなを眺めてる姿を、いつも「サンタさんみたい」と思ってました。



今年から、仙台の、日本のサンタさんはあべさんになったんだね。そうとしか考えられない。


今日は行けないけど、空を見てます。
 

心にポッカリと穴が空いたようです。 / コメントを書く
まくろび庵 若生貴大 / URL 2009/12/25/Fri/12:32 (No.1471)

  気持ちが揺れてなかなかここに書き込めなかったんですが、
少し落ち着いたんで書かせていただきます。

俺は知り合って約7年。

にこももさんに教えてもらって以来、
本当に通わせていただきました。

毎月、最低一回は必ず。

俺のホームグランドでもあり、
あべさんはオヤジのようでもありました。

こないだ、予約してたのにお店がやっていなかったから、
おかしいなーと思ってはいたんですが、あまりにもあっけなくて、
実感が未だに湧きません。

お線香をあげに行ったら実感が湧くのかなー。

すごい喪失感です。マジで。


あべさん、本当に今までありがとう。

どうか安らかに。
 


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