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あべひげ なんでも掲示板

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あべひげ最後の宴 / コメントを書く
にこたん 2010/01/09/Sat/08:44 (No.1503)

   今月16・17日に予定されている「あべひげ」最後の宴について、思っていることをつらつらと書いてみようと思います。


 わたし自身はあの場所にもう阿部さんがいないのだということを受け入れられていると思います。



 今思うことは、阿部さんの愛したあの場所で阿部さんが愛した人たちが、自分自身の中で「あべひげ」を完了させるためにやってくる機会を阿部さんのスピリットにそって、意義深い(適当な単語が思いつかない)ものにするために、できることをしたい・・・ということです。

 
 当日は「飲み物、食べ物は各自持参」という案が出されていますが、これまで身一つであべひげに行っていたわたしは、飲み物はともかく「食べ物って何をどうすればいいんだ?」というのが正直なところ。

 今までは勝手に出てきていたんだから。

 ひとつ思い出したのは、あべひげのコロッケは朝市のコロッケだったってこと。

 あれだったらそのまま買ってきて、あべひげの味を味わってもらえる。

 でも、土曜日はわたしは仕事なので買いに行けないんだよねー。だいたい何人来るんだろう。

 

 そう、どれくらいの人が来るんだろう。かつて35人くらい入れたことはあったけど・・・。

 そしてどんな風にあべひげで過ごすんだろう。


 いろんな人がいろんな思いを抱えて来るんだろうな。


 わたしの周囲では「楽しく飲もうね」という声がほとんどだけど、もしかしたら泣く人もいるかもしれない。


 どんな人たちがいても、阿部さんを思ってのことなら全て受け止めてあげたい。

 あの店に集う人たちがお互いにそうあってくれるといいよね。


 そういえば、わたしもあの店で大泣きしたことがあったっけ。


 もうあの風景のあの店に入ることがないとなると、最後のライブとなったあのポスターは貴重品。

 ちゃらお氏の作ってくれたお客さんのいない店の風景と奥で寝ている阿部さん。

 あれをあべひげを愛する人たちの手元における何かの形にできないだろうか。・・・と思っていたら、星川母さんも同じこと考えてくれてました。

 
 集う人たちからもメッセージとかもらえないかなとも思ったけど、あれこれ注文つけるのはやめておこう。


 来る人それぞれがそれぞれの思いのままに集い、でも譲り合い、繋がりあってくれるといいな。それが阿部さんの望む姿だと思うから。



 みんなが仙台を離れていく時、わたしはいつも思っていた。

 みんなが帰ってくる時、わたしは阿部さんといつでもここに待ってるよって。


 16・17日には奥さんとお嬢さんたちもあの空間にいらしてほしいな。



 なんとなく胸の中にあったものをつらつらとことばにしてみたら、わたしの方向性も見えてきました。

 詳細は13日の打ち合わせ後、あらためてお知らせしますね。

 「いつ行きます」とか、ご希望・アドバイス等ありましたら、 是非お聞かせください。o(^-^)o
 

安藤 2010/01/09/Sat/10:24 (No.1504)

  にこたん、ありがとうございます。

13日の打ち合わせの場所と時間です。
『ラブミー牧場』で7時ころからにします。よろしく!!

人数は把握できませんね。でも、以前にダブルブッキングされて階段で呑んだこともありますから『心配すんな、このー』ってね。

円も明後日成人式なのにって思ってしまうな〜
あの笑顔の遺影と奥さんたちも来てくれるよ。時間は負担をかけないように2〜3時間だよね。

正月に久しぶりに会うために集まった同窓会みたいに楽しくやりましょう!! 
 

ほしかわ母 2010/01/09/Sat/11:48 (No.1506)

  安藤さん、にこたんさん、ありがとうございます。
13日、参加できそうです。(用事がなくなりました。)
よろしくお願いします。
 

16日 参加させてください。 / コメントを書く
佐藤 博幸 2010/01/09/Sat/10:44 (No.1505)

  16日の会,参加させていただきます。料理,揚げ物でも持っていきます。唐揚げか一口カツでも。大皿1枚程度ぐらい。
お店の物に関してですが,TV横に在ると思うのですが,「春が来た」(松田優作・桃井かおり主演。向田邦子原作)のDVD,私のです。秋ごろ,阿部さんに「このDVの上映会したいんだけど・・・。2時間くらい貸切にできる?」「いいよ。いつでも。」という約束をしていました。阿部さんにも是非ご覧くださいとお勧めしていたのですが,11月時点で「まだ,見てないなあ」とおっしゃってらして,多分今も封を切っていない状態ではないかと・・・・。いい作品なんですよ。上映会さっさと行わず,後悔しています。
 

ご焼香 / コメントを書く
あべひげ家内 / Eメール 2010/01/02/Sat/12:09 (No.1496)

  あわただしく新年が明けましたが、みなさまにとって
良い一年になりますようお祈り申し上げます。

これからちょっと出掛けますが、小夜花が居りますので
自宅にご焼香に来ていただくご予定の方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いいたします。
雪は解けているようです。
むさ苦しくしておりますが、ご容赦ください。
 

無題 / コメントを書く
佐藤 博幸 2009/12/31/Thu/22:32 (No.1494)

  今だに信じられません。
ただ悲しいです。
最後まで自分を誇らず,弱音を吐かず,心優しく,まさに男の中の男でしたね。もう,こんな人とは会えないかも知れませんね。九月の公演も,観に来てくださってありがとうございました。その前の公演も。
正直,少しは弱音を吐いて欲しかったですよ。
・・・・サヨナラ。
 

無題 / コメントを書く
苫米地サトロ 2009/12/24/Thu/15:49 (No.1459)

  1992年秋、17時から午前2時まで入れ替わり立ち替わり延べ70名が参加した結婚祝い飲み会をしました。終始誰かが歌って弾いていて大騒ぎでしたが、その日は次女さやかさんが生まれた当日で、あべさんは帰りたかったのに、状況がわかっていなかった僕は甘えてしまい、本当に申し訳ありませんでした。後日支払いに行くと、「10年前はあんな馬鹿な宴会いっぱいあったけど、ここ10年なかった。仙台にもまだこんな馬鹿がいたなんて俺はうれしい。」と励まして下さり、自信を持ってしまいました。それが最初の僕のあべひげ宴会です。本当に何年も何回もお世話になりました。ありがとうございました。あべさん。  

苫米地サトロ 2009/12/25/Fri/08:08 (No.1468)

  先述の宴会の話は正しくは1991年の出来事でした。訂正します。あの日はご家族の皆さん本当にごめんなさい&ありがとうございました。あのあと生まれた娘2人(高1、小3)を連れて、吉田圭とともに、お別れに参ります。  

苫米地サトロ 2009/12/31/Thu/20:20 (No.1493)

  先述の宴会の夜はさやかさんはまだ生まれてなくて、1歳半の長女まどかさんが具合が悪いという夜だったとのことです。お通夜でまどかさんに確認しました。訂正します。あの宴会のときに、僕はこの人について行こうと甘えた考えを持ってしまったのですが、その時のあべさんは、今の僕より7歳も若い38歳位だったのです。お通夜で和尚さんが言った「考えるだけではダメです、実践してください。あべさんから受け取った優しさを、皆さん、次の人に与えて、つなげてください。」というメッセージが、宿題のように僕にのしかかります。もう甘えてはいられないみたいです。あべさんに聞いてもらうのではなく、聴いてあげる人にならなくてはならないのではないかしら。「お前の好きなことをやれエ!」と若い人に言ってあげる人にならなくてはならないのではないかしら。あべさんのかわりに。僕があべさんから受け取ったものを次の人に手渡さなければならないのではないかしら…。あべさんと会って19年の僕は、2009年の大晦日にこうして考えています。あべさん、ありがとうございました。  

心からお礼申し上げます。 / コメントを書く
あべひげ家内 / Eメール 2009/12/31/Thu/19:50 (No.1492)

  去年の今日は 「私は第九を!」「K-1見るんだよ!」と喧嘩
しながらリモコンを取り合っていました。
それでもお蕎麦を食べながら、小林幸子や美川憲一のお衣装
にケチをつけて「良い年になるように」祈願してお正月を
迎えましたが、まさかあべひげのいない大晦日になるとは
思いもしませんでした。

暮れの忙しい時期に 本当に皆さまにはお世話になりました。
あべひげの葬儀などの為に、皆さまのご予定や、ご計画に
多大なご迷惑をお掛けしたことと思います。
本当に申し訳なく、同時に心からありがたく思います。
本当にありがとうございました。

「ま、かんべんな。」と言うだろう あべひげに免じて
ご容赦くださいますよう切にお願いいたします。

まだまだお礼なども申し上げていない皆さまには
本当に失礼をしております。

どうかご容赦ください。

皆さまにはどうぞ良いお年をお迎えなさいますように・・・

本当にありがとうございました。
 

がんばった / コメントを書く
あべしげ 2009/12/30/Wed/18:18 (No.1491)

  いとこです

皆様、本当にありがとうございました。
立男(あべひげ)の母親(私のおば)は立男よりも20日早く旅立っていました。
親よりも早く旅立つまいと頑張ってくれました。
最後の親孝行です。

今、彼は大好きな母親と一緒に天国への階段を登っていることでしょう。

本当にお世話様でした。
 

愛別離苦 / コメントを書く
安藤 2009/12/30/Wed/17:39 (No.1490)

  ヒゲはどこに行ってしまったんでしょうね。

通夜の席で和尚さんがおっしゃってた『愛別離苦』

人も物もそして場所ってのもそうなのかな。

まだ生きてるような気もするけど・・・

ヒゲが遺してくれたものって『偉大ないい加減さ、人を優しく包み込む』、それを忘れず同じように他人に接することが大事なんだよね。
 

何とかならないでしょうか / コメントを書く
Ise 2009/12/29/Tue/01:25 (No.1483)

  なんとか,あべひげを残すことはできないでしょうか。

ご遺族のお気持ちやご苦労もお察ししますが,ここで,あべひげを失うことは,あべさんを過去の人にするだけでなく,舞踏・美術・演劇・映画・音楽をはじめとする仙台の芸術文化の歴史とその交流の拠点を失うことになります。

あべさんは,私たちにとってかけがいのない存在なだけでなく,仙台の芸術文化を支援し,育ててくれた重要な人です。
あべさんなくしては,仙台でこんなに舞踏が根付かなかっただろうし,美術・演劇・映画・音楽の活動がそれぞれのジャンルを超えて活発になっていかなかったと思います。
あべひげは単なる居酒屋ではなく,多くの人が集い,交流を深め,時には激論し,喧嘩もしながら,様々なジャンルの人や芸術が交差する文化サロンでした。仙台の文化史の一翼を担う場だと思います。そして,あべさんを慕う多くの人が戻ってくるホームなのです。
私自身,あべさんや,あべひげに集う人々との出会いがなければ,こんなに活動を拡げることができませんでした。そして,仙台を離れていた時は,仙台に帰るとあべひげに足が向いていました。本当に安心して戻れる居場所です。
あべさんが20年かけて築いてきた“あべひげ”という貴重な空間を壊すのが忍びないだけでなく,それを散逸させるのは大きな損失です。一度散逸されたものは元には戻りません。
そして,あべさんが繋げてくれた人々との関わりを続けられる場を失いたくないです。
もちろんあの場を残していくことに対するご遺族の皆さんのお考えや多くの困難があることは承知の上ですが,何とかならないでしょうか。

まだ,私の気持ちも整理がつかず,うまく言葉にできないのですが,あべさんと,あべひげのためにできることがあるのなら動きたいと思っています。
 

あべひげ家内 / Eメール 2009/12/29/Tue/09:02 (No.1484)

  Iseさま

本当にあべひげを想っていただき、ありがとうございます。

あの空間は「あべひげ」の内面世界が具象化したような
物だと思っておりましたので、「あべひげ」以外の
どなたもあの空間を維持することはできないものと
勝手に思い込んでおり、当然、消滅させるものと考えて
おりました。

もし、われと思わん方がいらっしゃいましたら、
また今後こうすれば良いのでは…というご意見がございましたら、どうぞご指南、ご指導、ご提案いただきたく思います。
なにもわからないままで、勝手にお店を閉めるのも
心苦しくはありますので、いろいろとご提案いただけると
幸いでございます。

どうぞよろしくお願いいたします。
 

ほしかわ母 2009/12/29/Tue/11:47 (No.1485)

  Iseさん書き込みありがとうございます。
私も何とか存続をと考えているひとりです。
奥様の文章を読んで、「あべひげ」そのものがあべさんが20年かけてつくり上げた作品なのだと思いました。
同じ作品は、当然誰にもつくることはできませんが、
流派は続けることができるはずです。
そして、誰かがやってくれれば、では多分先はありません。
はじめは、有志会とか、実行委員会とか、運営委員会とかをつくって、どうしたら良いのか智恵を出し合うというのもいいと思います。
私はこの休みで、具体的に運営方法を考えて(私自身経営の才も飲食店運営の才もないと分かってはおりますが)、奥様と安藤さんにご相談しようかと思っておりました。
ただ、色々ご意見があると思いますので、賛成、反対をこの後、書き込んでいただけるとありがたいです。
私自身の中にも揺れるものがあり、なんとも複雑な気持ちでおります。
ですから、なるべく多くのご意見をお聞かせください。
お願いいたします。
 

関ステレ夫 2009/12/29/Tue/11:56 (No.1486)

  お疲れ様です。

僕は15年ぐらいあべひげさんに通ってしまった者なんですが、阿部さんが逝かれた日から、なにをしにあべひげさんに行っていたかということを考えていました。僕は阿部さんに会いにいって、話をして帰る。それが目的で、それがすべてだったように思ってました。芝居をやっている関係上、何度も打ち上げをさせてもったし、あまつさえ、あべひげで何度か自分の企画で公演もさせていただきました。そのなかでもちろん交流もあり、知り合いもでき、また広がりも生まれ…なのですが、最終的には「あべさん、どう思う?」の一言が言いたくて、店に通っていたのだなと痛感しました。あべさんに会いに通っていたお店ですから、僕にはあべひげに行く理由が見つけられないでいます。

いまでも店の前を通りかかれば、当然寄っていきたいですし、お店を眺めながら、あべさんがいなくても、あべさんと会話したい。だけど、それはなんか違うような気がしています。
 

にこたん 2009/12/29/Tue/22:26 (No.1487)

  みなさん、こんにちは。

Iseさん、書き込みありがとうございます。

わたしは奥さんの「あべひげ以外の誰もあの空間を維持することはできないもの」というのに賛成です。

阿部さんが亡くなる少し前、安藤さんと「27日に掃除と飲み会をしよう」と企画していましたが、実際のことを考えた時、「あべひげ」という空間は、阿部さんがいて阿部さんの料理があってこそ成立するのだと思いました。

わたしと阿部さんの付き合いは、ラブミー牧場の頃からで、「ラブミーの阿部さんがお店を出したらしいから言ってみよう」と、学生時代の友人たちと月1回定期的に通うようになりました。

そのうちにバイトをしていたみなさんと知り合い、ライブを聞かせてもらうようになり、音楽繋がりの仲間が増えていきました。

阿部さんが病気になって以来、その仲間たちの力を借りてチャリティライブを企画もしてきましたが、阿部さんを慕う人たちの総意をまとめるのはなかなか難しいことだと感じています。

何より維持していくためには、賃借料、光熱費等、日々のお金がかかります。

あの阿部さんでさえ、お客さんがこなくて奥で寝ている日が何日もありました。

ましてや、気分次第のお客さんたちでしたから、経営計画なんて立てようがありません。

お通夜、お葬式に集まったあれだけの人、全ての方を把握できている人はおそらくいらっしゃらないでしょう。

これはわたしの考えですし、文章もまとまっていないので、誤解を受ける表現もあるかもしれません。

ほしかわ母さんのおっしゃっている「誰かがやってくれれば」では継続は難しいとわたしも思います。

そして、わたしでは考えつきもしない方策をお持ちの方もいらっしゃるかもしれない・・・とも思うので、いろんな方のお考えを伺いたいというのも同意見です。


わたしとしては、あべひげでご縁ができた仲間たちと場所が変わっても楽しく飲む機会を作っていきたいと思っていますし、阿部さんのスピリットをこの掲示板やmixiのコミュなどを通じて、全国の阿部さんファンで受け継いでいけたらいいなと思います。
 

うっちー@元バイト / Eメール 2009/12/30/Wed/00:55 (No.1488)

  Iseさん、ほしかわ母さん、関さん、にこたんさん、、

僕のような若輩者が書くのは失礼と思いましたが、
みなさん、阿部さんと「あべひげ」に対する想いは一緒ですね。
もちろん分かってたつもりですが、あらためて皆さんの想いを読んで、僕は本当に素晴らしい人に巡り合ったのだなーと感じました。

ひろ子さん、円ちゃん、小夜花ちゃん、、
おとうちゃんてスゴイね。。
単なる馬鹿騒ぎする友達じゃなかったんだぜ。。。
悩んでる時、悲しい時もおとうちゃんに会いに行きました。
みんな おとうちゃんの言葉と存在を心の支えにしていた。
じゃなかったらこんな話しにならんぞ!!

僕はたかだか16年のお付き合いでしたが、20台30台の苦悶と歓喜、素晴らしい仲間との時間はおとうちゃんのおかげで培われたものと受け止めてます。
おとうちゃんがいなかったら?? 考えたことないな、、そだなこと

家族の話はいつも満面の笑み
「おれは かーちゃん大好きなんだー かあちゃんラブ」とか言ってたなー  何回も(笑)



悲しいのは仕方がない、、あきらめたづら

負けるな!!じぶん みんな!!
 

葬儀を終えて。 / コメントを書く
あべひげ家内 / Eメール 2009/12/26/Sat/23:59 (No.1478)

  本日あべひげの葬儀・告別式を終えさせていただきました。

師走の忙しい時期にもかかわらず、本当に沢山の皆さまにお見送りいただけて、あべひげもさぞ喜んでいると思います。
広い式場でゆっくりとお別れをしていただくことができず、心苦しい限りです。

取るものもとりあえず駆けつけてくださった皆さま、遠くからわざわざお越しいただいた皆さま、そして何より、ご自分がショックで悲しいだろうに、いろいろとご尽力いただいた皆さま、言葉では言い尽くせないほどの感謝の気持ちでいっぱいです。

本当にありがとうございました。

先程、お店の「葬儀のお知らせ」の張り紙をはがしに、久しぶりに「あべひげ」に寄ってみました。

ほんの少し、「あべひげ」のあの独特のにおいが、薄くなっていたような気がしました。

お骨になってしまっても、まだ全然実感がわきません。

明日の朝になるとまた「ただいまっ!」「円、小夜花、起きろっ!このっ!」という声が聞こえるに決まっています。
まだ正直、認めるのには、時間がかかりそうです。

日付が変わる前に感謝の言葉を。

本当に本当に ありがとうございました。
 

かわむら 2009/12/27/Sun/00:30 (No.1479)

  告別式ではあべさんのエピソードを聞かせていただきありがとうございました。
なんだか悲しんでばかりでなくいつものあべひげにいるような笑いがあって力強さがあって
なよなよしてられない、ちゃんとしなきゃ、と奮い立たされました
私もまだ時間がかかりそうです。

ありがとうございました。ありがとうございました。
 

にこたん 2009/12/27/Sun/22:57 (No.1481)

  ひろ子さん、お疲れさまでした。

今は目の前のやるべきことに追われて、実感する余裕もないのでは?

わたしは昨日参列者の一番前の席で、誰にも泣き顔を見せずに泣けたおかげか、気持ちに区切りがついたようです。

仕事に戻らねばならなかったので、ゆっくりお話ができなくて申し訳ありませんでした。

落ち着かれた頃に、アルバム持ってお話しにお伺いさせてください。

本当にありがとうございました。
 


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