「あべひげ来訪記」
僕の10年来の研修仲間で似内美和子さんがいる。彼女は仙台に住んでいるのだが、毎
月東京で開催される研修に自費で参加をされている類まれな方である。似内さんは、僕
がパソコンの販売を始めると、わざわざ安くもない僕のところからパソコンを買ってく
れたりするそんな方である。
たまたま僕は東北に用事があった。、今、どうしても会っておきたい方と、見ておき
たい会社が盛岡にあった。盛岡ならこれまた同じ研修仲間の佐々木高志氏がいるので早
速連絡を取り段取りをしていただき、5月16日金曜日に盛岡まで行くことになった。
僕が盛岡に行くことが佐々木さんから似内さんに伝わり「盛岡まで来るなら、仙台で途
中下車してあべひげに寄って帰りなさい!」と似内さんが言うので、僕はふたつ返事で
「はい」と言い、盛岡に1泊し翌日は仙台に行くことにした。
似内さんは、ことあるごとに「あべひげ」の話をしていた。あべひげとは、似内さん
が学生時代から行きつけの飲み屋さんの名前だった。お察しの通り、マスターは阿部さ
んで髭をたくわえている。
僕は、似内さんに仙台駅からあべひげまで地図をもらい、現地5時に待ち合わせをし
た。あべひげは仙台駅から歩いて20分くらいあるようだが、僕は初めての場所だったの
で少し早くつくようにした。
あべひげは、繁華街を抜け大通りに面した地下の店で、とてもこんなところに飲み屋
さんがあるのと思うようなところにあった。黄色い看板が目印である。恐る恐る階段を
下るとお世辞にも綺麗とはいえない無防備なお店があった。まだ約束の時間の前なので
誰も来ていなかった。僕は「すいませ〜ん!」と声をかけると、「いらっしゃーい」と
あべひげマスターがキッチンから登場した。まだ自己紹介も済まないうちに「聞いてい
るよ」と何回も言って僕にビールを出してくれた。名乗らなかったのに、あべひげさん
は僕に気づいた。似内さんが話したからだろうが、僕のことをよく知っていた。僕も会
った瞬間この人が話に聞いていたあべひげさんだとすぐにわかった。
5時に似内さんが来た。あべひげさんは僕のことが「すぐにわかったよ」と似内さん
に何度も言っていた。5時30分を過ぎた頃、5分おきくらいに次々に人が入ってきた。
まるで親戚のおじいいちゃんの家に来るよう入ってくる。産まれたばかりの赤ちゃんか
ら小学生、高校生、弁護士を目指す大学生、ミュージシャン、友達の友達といった具合
に人なつっこい人たちが次々と集まり、20人くらい入る店がほどなくいっぱいになった。
この店にメニューはなかった。本当はあるが機能していない。うっかり入ってきたお
客様のために一応あった。お店のシステムは、各自勝手に自分が飲みたいものを冷蔵庫
から出して飲む、料理はあべさんが時間を見て勝手に出す。いつのまにかテーブルの上
は料理の皿でいっぱいになっていた。食べきれないほどの料理が出ると、あべさんもま
たみんなと一緒に飲む。
その時、普段は多弁な僕がなにも話せない状態だった。それは、つまらなかったので
はなく、みんなの気に圧倒され感動していたのだと思う。居心地は最高によかった。今
思えば、癒されている雰囲気だった。今の時代、人は癒されたいために休暇をとり田舎
に行くという。田舎に行くとそれだけでホッとする。昔、自分の中にあったはずの、今
もどこかにあるだろう、そんな急所を押される感じがいいわけで、この快感を持ってい
れば、また日常に戻ってもしばらく頑張ることができる。あべひげはそれと似ているか
もしれない。似内さん以外はみんな初めて会った人達なのに不思議な感じだった。
そう、僕が憧れていた雰囲気があべひげあった。僕は中学生のころ、「俺たちの旅」
というテレビドラマで中村雅俊が演じる大学生に憧れていた。僕も大学生になれば、中
村雅俊のような生活が保障されていると思っていた。金がなくても行きつけのお店に行
けば誰か仲間がいる。そこの店のオヤジや、そこに集まる仲間はみんなお節介で他人の
面倒ばかりみている。学校や社会人になって辛いことがあってはその店に行く、女に振
られてもその店に行く、そして、酒を飲ませてもらい、飯を食わせてもらい、話し相手
になってくれる。僕は大学生になるとそんな店と仲間が自然に付いてくるものだと思っ
ていた。
僕は、そんな夢を見ながら大学生になったが実際は違った。僕の学生生活はユーミン
、サザンにデニーズだった。ファミリーレストランに入り、おかわり自由のコーヒーを
1杯頼んで味気のないのソファーで何時間でも話していた。僕の大学生活では、小椋桂
と名古屋章はいなかった。あべひげマスターとも会えなかった。
仙台から自宅に帰る終電は9時25分なので、8時45分にあべひげを出た。あっという
まの4時間だった。僕はまたあべひげにまた行きたい! と単純に思った。あべひげに
行けばまたあいつらに会える。きっとあべひげさんも僕にまた酒を飲ましてくれるだろ
う。似内さん、ありがとう! とても楽しかったです。またあべひげに連れて行ってく
ださい。
そして、仕事の間に上手い酒を届けてくれた桜井さん、駅まで送ってくれた平地さん
ありがとうございました。またあべひげで飲みましょう。
中島 正雄